母「私ちゃん、今度は私ちゃんがお母さんを支えてくれる?」←姉がいなくなって依存の対象が私になった。

母「私ちゃん、今度は私ちゃんがお母さんを支えてくれる?」←姉がいなくなって依存の対象が私になった。

実母が毒親だと理解した瞬間が修羅場だった。

私の母は昔から何かにつけて

私と姉弟を比べては「私子が悪い」と言ってくる人だった。

姉弟とケンカした時に悪者になるのはいつも私だった。

姉とケンカした時は「妹なのに我侭すぎる私子が悪い」

弟とケンカした時は「姉ちゃんなのに我慢できない私子が悪い」

明らかに非が向こうにある時にだって

いつも「悪いのは私子」と言われ続けてきた。

姉や弟が悪いって言ったこともあったかもしれないけれど覚えてない。

一番はっきりと覚えてるのが

小4の頃に弟が私のお年玉を盗んだ時。

どう考えても盗んだ弟が悪いのに

「盗られるような所に置いてた私子が悪い」ときつく責め立てられ

弟は「こらっ、めっ!」程度の生ぬるい説教しかされず。

納得のいかなかった私は次の日、弟の財布からお金を盗んだ。

喚く弟に、さっき盗んだばかりの500円を見せて

「私が盗ったんだよ。返してほしければ私のお年玉盗ったこと謝って」

と言ったら案の定母にチクる。

弟も私のように「盗られる所に置いてた~」と言われればいい

なんて思ってたけど(実際財布があったのは玄関先の椅子の上)

母は私をぶんなぐり「弟のお金を盗むなんて最低!」

「私子ははんざい者だ!」と激しく罵られ号泣。

それでも母の罵詈雑言は止まなかった。

父や祖母が駆けつけてきたけど

母から私が弟のお金を盗んだことを聞いて母と一緒に私を責め立ててきた。

更には、その場にいなかった姉にも

晩ご飯の時に同じように吹き込んで

私はその日から3日くらい家族に泥棒呼ばわりされることとなった。

同時にそれくらいの頃から、母はあまり私の事を気にかけなくなった。

母に褒めてもらいたくて一生懸命頑張ったつもりだけど

母は末っ子である弟を可愛がるばかりで私の事なんてほぼ無視。

相談にすらもまともに乗ってくれなかった。大体馬鹿にされるだけ。

思う存分甘やかされる弟、褒めてもらえる姉が羨ましかった。

そのせいで私は未だに相談事を口に出すことが出来ず

一人でなんでも決めた挙句事後報告という悪い癖がついてしまって

高卒で就職し上京した時にやらかして

先輩や店長から激しく罵られることに。

その時、上記のお年玉事件の事を思い出して

鬱寸前になり、辞めて実家に戻ってきた。

数か月で辞めたということでどこを受けても採用してもらえず

一年間のニート生活。最高に惨めだった。

そんな時、母が声をかけてきた。

母が立ち上げた職場に空きが出たから「働かないか?」って。

はじめて母に必要とされた気がして嬉しくて

そこにパートとして就職したんだけど

…ぶっちゃけ上京した頃よりも酷かった。

母と一緒に事業を立ち上げた共同管理者はまさに男になった母。

癇癪持ちで八つ当たり癖があり

自分の意に反することがあれば言葉で人に当たり

物や壁をなぐってけって破損。

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