中学校で省かれるようになった。先輩『何かあったら私に言いなね!いつでも相談のるからね!』まわりにはイイ人もいたけど、そこから友達が全然できなくなっていった。

小学生の頃まで、私は普通の子供だったと思う。
中学生になってからちょっとずつ変わり始めた。
中学入ってから全然友達が出来なかった。
でも仲良くはなかったが小学校が一緒だった真弓という子と
たまたま同じ部活に入り、真弓とはどんどん仲良くなっていった。
因みに真弓とはクラスは違った。
部活は剣道だったから男ばっかりで、
女の先輩3人と私と真弓しかいなくて
しかも2年と3年の派閥争いがあり1年は板挟み状態だった。
板挟み状態だったとはいえ
3年は6月に引退するので板挟み状態はすぐに終わった。
でも女子が2人しかいなくなり
私たちは女の先輩に懐いていたから凄く居辛くなっていった。
その頃、私はクラスではいじめ?というか省かれるようになっていた。
給食のとき、私にだけ牛乳を配って貰えなかったり…
話したこともないのに悪口を言われることもあった。
最初は我慢してたんだけど、
辛くなってきて保健室で過ごすことが多くなった。
保健室には不登校の先輩がたまにいる程度でそんなに人は来なかった。
でもある日、女のヤンキーの先輩が保健室で担任の教師と言い合いをしてた。
金髪で学校にきたから黒スプレーを掛けられてた。
そんな先輩を横目に、私は保健の先生とクラスのことの話をしていた
真弓がいるから、取り敢えず部活には出てたんだけど、
その日の下校時刻に保健室にいたヤンキーの先輩が
他のヤンキーを引き連れて学校に乗り込んできた。
私と真弓は呆気にとられていたら、
例のヤンキー先輩がヤンキーを引き連れて話しかけてきた。
「私、マリナって言うんだけど保健室での話聞いてたよ」
「何かあったら私に言いなね」って言ってくれた。
そのあと、マリナさんのクラスのリカさんて人も話しかけてくれて
「いつでも相談のるからね」って言ってくれて、私は有頂天になっていた。
次の日からはマリナさんやリカさんに会えることを楽しみに学校に行った。
でもマリナさんもリカさんもヤンキーなのであんまり学校には来なかった。
相変わらず教室にいくと悪口を言われたり
牛乳を配って貰えなかったり、配布物を配って貰えなかったりした。
担任にも配布物を配って貰えなかったこともあった。
保健室に行っても、保健の先生に「またきたの」と言われるし
前よりも学校に行く気力がなくなっていった。
でも部活に出ないと真弓が1人になるし
学校に行かないと親に怒られるから我慢して学校には行っていた。
するとリカさんが学校にきてて話しかけてきた。
「最近どう?大丈夫?」
そんな感じだったと思う。
リカさんにクラスでのことを相談してみると、
リカさんは私のクラスで1番調子に乗ってた女を呼び出して
「私の後輩いじめてんじゃねーよ」的なことを言って泣かせてしまった。
私は、リカさんがこんなこと言ってくれたから
次の日からは多分いじめられることはないだろうと安心していた。
でも更にエスカレートして行った。
「あいつ先輩にチクった」とか「自分じゃ何もしないやつ」とか
「何かしたらまた先輩出てくるから」
とか言われて、ネット上でいじめられるようになった
当時、学校裏サイトとか前略プロフィールとかが流行ってたし
そういうサイトで沢山悪口を書かれまくった。
あと捨てアドでチェーンメールを回されたこともあった。
夏休み前から学校には行けなくなった。
真弓にはクラスにも友達がいたし、その友達が真弓に
「そんなことするのやめなよ」とか言ってたみたいで
だんだん真弓とは距離を置くようになったんだけど、
真弓と仲良くしてた中国人のアキコと一度遊んだ際にアキコと仲良くなった。
アキコは真面目で親が厳しくて携帯も持ってなかったから
私がネットいじめを受けてることも知らなかった。
真弓も私が来ないなら部活行きたくないし
学校もめんどくさいと言う理由で2人で学校に行かなくなった。
親には怒られるけど、学校に行くより怒られた方がマシだったし
真弓とサボることが楽しくて怒られることは気にしなくなった。
夏休みになると毎日一日中真弓と遊んでた。
髪を染めて、タバコを吸ったり、DQN中学生がやるようなことをして粋がり初めた。
夏休みが終わってからもそんな状態が続いたんだけど、真弓は落ち着き初めた。
アキコは私の家の近所の塾に通っていた。
私は学校に行かないしアキコも携帯持ってないから話す機会がないから
塾の帰りにいつも手紙を持って会いにきてくれてた。
その頃にはもう真弓とは疎遠で、真弓にはメアドも変更されてた。
アキコは学校のこととか私に学校に来てほしいと言うことを話しに来てた。
手紙もそんな内容。
真弓とは疎遠になったから、アキコの行為には救われた。
でも私は学校には行かなかった。
そんな状態を見兼ねた親が、市営のフリースクールに行けと言い出した。
自分でも何とかしなきゃと思って、黒髪に戻しフリースクールに通い始めた。
私の住んでる街にはヤンキーしかいないような中学校があったんだけど、
フリースクールにはそこの中学校に在籍する人が沢山いた。
あとは私と同じ学校の先輩が数人とその他の学校から数人。
そこではみんな同じような経験をしてる人ばっかだから、すぐに打ち解けた。
中1は私だけだったけどみんな優しかった。
1人「なんでこんなとこにいるの?」って思うくらい可愛い先輩がいた。
戸田恵梨香にそっくりで優しい先輩だった。
その人は前述のヤンキーしかいないような中学校の在籍の人だった。
仮にその人をエリカさんと呼びますが、
エリカさんは明るいし可愛いから
私からしたらフリースクールにいることが疑問だった。
エリカさんは、自分のことを「ヤンキー」と思ってる人だった。
私からしたらマリナさんやリカさんと比べるとそうは思えなかったけど
面倒なので「はいはい」って聞き流してた。
エリカさんは面倒見がいいし優しいけど、虚言癖がある人で面倒な人だった。
虚言癖があるから、いじめられたのかなぁと納得した部分があった。
私はエリカさんとは距離を置きたかったけど、
エリカさんは私によく話しかけてくるし正直ちょっと扱いに困ってた。
多分その頃くらいだと思う。
フリースクールの先生が
「まだ中1だし三年間ここで過ごすのはよくないから、
 学校に戻れないなら転校した方がいい」と提案された。
自分でも三年間フリースクールに通うのは嫌だった。
でも転校して同じことの繰り返しも嫌だった。
だから、アキコもいるし学校に戻ろうと考えていた。
クラス替えもあるからもしかしたらという希望を抱いていた。
ある日、担任が家に様子を見にやってきた。そのときに
「不登校の子がまた学校に来れるとは思わないし転校させるべき」と言われた。
親もそれに納得して転校することになった。
転校した学校は母親の職場で仲がいい人たちの子供が通ってる中学校だった。
その中学校は団地街にあって、大体団地に住んでる子供しか通わないし
団地街には小学校もあるから、言うなればエスカレーター式みたいなもんだった。
私はもう同じことの繰り返しは嫌だったから、
中2病を抱えてた私はマリナさんやリカさんに憧れてたから
髪を染めてスカートも短くして新しい学校に行った。
今思い返せばこれが多分失敗だったんだと思う。
転校初日、クラスの女子たちに
「マリナさん知ってる?話したことある?」などとしつこく聞かれた。
私は知らなかったけどマリナさんは有名な人で結構憧れの的だったみたい。
「知ってるけど…」って言うと
女子たちは目を輝かせながら私と連絡先を交換したがって一応交換しておいた。
マリナさんとは話したこともあるし
街で会えば手を振る程度で言うほど仲良くはない。
確かに私も憧れてはいたけど。
家に帰ってクラスの女子からメールきても、マリナさんの話ばっかりだった。
でも私はそんなにマリナさんのことを知らないし
知っててもあんまり話したくなかったので
「少し話したことある程度」と言うと特にメールも来なくなった。
最初はマリナさんのことばかりだったけど、だんだん普通の会話になってきて
「なんで近隣の中学校から転校してきたの?」
とか素朴な疑問をされるようになった。
私は不登校だったからとか言いたくなかったから、
「特に理由はないよ」って受け流してたんだ。
でもまあ転校生だしってことで仲良くしてくれた。
でも私は勘違いな行動を取って転校してきたから、
先輩たちからこっぴどくいじめられた。しかも男の先輩たちに。
スカートが短いとか髪染めてんじゃねーよとか毎日毎日言われたけど、
言われても仕方ないことだから割り切ってた。
何故かクラスの女子たちからも避けられるようになっていった。
クラスの女子たちは男の先輩たちと仲がよかったからだ。
自分でも「またやっちまったなぁ」と自覚してた。
ピアスもしてたから、クラスの女子たちからは
「あいつピアスしやがって転校生のくせに」
とか、そんな感じのことを言われるようになり
担任からも毎日電話をかけられるようになった。
まぁ自業自得だから気にしなかったけど、
自分たちも開ければいいしスカートも短くしてきたらいいのに
と思いながら、ぼっち生活を開始した。
その頃もアキコとは仲良くしていた。
アキコ曰く真弓が仲直りしたいらしかったが、私は拒否した。
するとアキコにも会えなくなって本格的にぼっちになった
もうぼっちでもいいやと割り切ってたし、
取り敢えず学校には行ってたけど、
中2になってからはだるくてあんまり行かないようになった。
担任も凄く気持ち悪いし本当に面倒だった。
中1の頃まで「ピアスしやがってスカート短くしやがって」
とか言ってた女子はドライヤーで焦がしたみたいな茶髪にしたり
スカートも短くしてピアスも透明ピアスでいきがりはじめた。
そんな人たちを内心バ力にしてた。
中2でクラス替えがあり、美久と仲良くなった。
美久はモデル体型で色素が薄くて元々茶髪の人だった。
クラスが違ったのでわからなかったけど、
美久は茶髪でモデル体型で目立ってたから、
バ力女たちにいじめられていたらしかった。
美久いじめは中2になっても相変わらずで本当に酷かった。
私が受けたいじめなんか、いじめじゃないくらいだった。
毎日「タヒね」とか「ブス」とか言われて「学校くんじゃねーよ」とか
もう兎に角暴 言を浴びせられて、椅子や机を蹴られたりしていた。
美久はモテてたし、それもムカつくからバ力女たちはいじめてたんだと思う。
私はもういじめられんのとか嫌だし、
他人の問題には関わりたくなかったから
あまりいじめのことには突っ込まないようにしてた。
私も私で、誰がやったか知らないけど、
自転車通学だったから自転車の鍵のとこを壊されたり
パンクさせられたりカゴ潰されたりしてたし他人のことどころじゃなかった
私は体育祭とかも絶対出たくなかったから練習も出ないし
もう中2のときは兎に角逃げ回ってた。
学校にも殆どいかないし本当に怠けてた。
でも音楽祭っていうのがあって、音楽祭には絶対出ろと担任に言われた。
体育祭以上に面倒なのにふざけんなよと思いながら練習に参加した。
案の定、私はバ力女と喧口華をした。
練習中にバ力女はガムを食べながら「ちゃんとやれよ!」とかって仕切りまくって
自分はお喋りに夢中で、しまいには私と文句を言ってきた。
「あいつ学校指定のカバン使わないし何であんな調子に乗ってんの?」
確かに私は前の学校のカバンを使ってた。
でも練習中に言うことじゃない。
私はいつもなら放置なのに堪忍袋の緒が切れて胸倉を掴んで大げんかしてしまった。
そのときに教師たちはいなかったし、私は狂ったように怒って過呼吸になった。
あとから担任と副担任がきて取り敢えず私は応急処置をしてから事情説明をした。
何故か、私の親にだけ報告がいき、バ力女の親には報告がいかなかった。
私は担任に謝れ謝れ言われた。
次の日学校に言っても謝れと言われ続けたが
私は謝りたくなかったから、その趣旨を伝えた。
でも謝れ謝れ言われ、母親にも謝れと言われ続けた。
確かに胸倉掴んでバ力みたいに大げんかしたことは悪かったけど
ガムを食べながらちゃんとやれとか仕切ってて
全く関係ないことにまで文句をつけられて、
何故謝らなきゃならないのかわかんなかった。
でも、家に電話かけられたりも鬱陶しいから
取り敢えずバ力女に胸倉掴んだことだけは謝った。
でも相手は「あたしは悪くないから謝らないよ」と言って逃げた
謝りたくないのに謝ったのに、
なんで私はこんなに悔しい思いをしなきゃならないのかって思えて
怒り爆発してしまった。またそのバ力女と喧口華してしまった。
それからも担任は私に謝れとしつこかったが絶対謝らなかった。
それに私は担任が大嫌いだった。
担任の癖に年中休むし早退するし遅刻もするくせに
言うことは一丁前で毎日こいつを刹す想像をしてた
相変わらず美久はバ力女たちにイジメられてた。
美久も我慢の限界だったのか、保健室と相談室登校になっていた。
たまに保健室に話に行ったりしてた。
その頃、私が喧口華したバ力女が不登校になった。
今思い出してもこれはメシウマ。
バ力女グループの中で喧口華が起こり
トップだった喧口華したバ力女が省かれて不登校になったのだ。
中3になる前に美久は転校した。
私は美久が転校してから、他人のことはどうでもいい
とか思ってたことに後悔し始めた。
美久は優しくしてくれてた。でも私は美久に優しくしなかった。後悔しかなかった。
でも先輩がいなくなったからせいせいしていたし
1番ムカついてたバ力女が不登校になったから嬉しかった。
今思い出したけど、そのバ力女のリアルタイムに悪口をめっちゃ書かれてたなぁ…
中3だし私は高校に行きたかった。
学力はクソだったし担任にも行ける高校は定時か通信と言われた。
内申書も悪いのも自覚してたから髪も黒くして真面目になろうとした。
今まで私なんか見て見ぬ振りだったり
私が目の前を通ると舌打ちしたりしてた男子が優しくなって
こいつらタヒねばいいのにと思いながら毎日学校に行った
それでも殆ど授業にはついていけなかった。
読書が好きだったから国語は大丈夫だったし、
英語は元々好きで小学生の頃は英会話教室にも通ってたからなんとかなったけど、
数学理科社会はどうにもならなかった。
特に数学は算数さえ怪しいレベルだった。
私は高校は県外に行こうと決めてた。定時も通信も行きたくなかった。
絶対全日に入って1からやり直すと決めていた。
だから前の学校の奴らに会う可能性はある
県が開催する学力測定テストも受けたくもないけど受けた。
行きたい高校は偏差値も底辺だったけど、
自分の偏差値はそこにも行けないレベルの偏差値だった。
親に頼んで塾に行った。数学はわかんないから算数から習った。
大して年の変わらない大学生に
中3のくせに算数を教えてもらうのは恥ずかしかったけど
何とかすぐに数学を勉強できるようになった。
理科と社会は捨てることにして、数学国語英語を兎に角勉強した。
一応滑り止め私立2校受けたんだけど、どちらも不合格だった。
私は真面目になったつもりだったけど、
ピアスをあけていたからそれが学校側に知られたようで
何故か不合格なのに親と呼び出され、不合格の私立の教師に文句を言われた。
これ以来私立校のイメージが悪い。
2校も滑り止め落ちたから、本命はもう無理かもと思った。でも頑張った。
入試の日に友達もできた。これには本当に吃驚した。
底辺高校だったから金髪で入試来る人とかいたりして私はクソ真面目な部類だった。
結果は合格だった。入試で友達になった人たちは全員不合格だったから
ちょっと不安だったけど、本当に嬉しかった。
その頃私はネットで共通の趣味があった
奈美というタメの女の子と仲良くなった。
奈美は私が行く高校の近くに住んでたから、中学卒業前に一度遊んだ。
奈美はヤンキーだった。DQN御用達ブランドのガルフィーを着ていた。
中学生には見えない大人っぽさがあった。
奈美も私と似たような境遇の人だったからすぐに打ち解けた。
卒業してから奈美の友達のユキとも仲良くなった
高校の入学式のあとも奈美とユキと私でお泊りをしたりした。
ぶっちゃけ私は奈美よりユキの方が性格に合った。
でも奈美の友達だからってことで一線置いてた。
私は高校で話せる人はいるけど、なかなか友達が作れなかった。
だから毎日奈美とユキと遊んで家にも帰らなかった。
でも時間が経つにつれ高校で友達もできた。
奈美は名前が知れた人みたいで、
高校でも「奈美ちゃんと仲良いの?」とか聞かれて
私はまたも有頂天になった。
入学式で学年の名簿が配られたんだけど、それを奈美が見たんだよ。
そしたら奈美がめちゃくちゃ嫌ってるスミレっていう子が同じ学校だった。
私はスミレとクラス違うし関わりないと思ってたから別に気にもとめてなかった。
学校終わって帰るバスの中で、スミレに話しかけられた。
私は名前は知ってたけど顔は知らなかったから
取り敢えず名前を聞いたらスミレだと発覚して
内心うわぁ…とか思いながらスミレと話していると
スミレはめちゃくちゃ良い子で楽しい子だった
まだその頃も前略が流行ってたからさ、
奈美の前略に私の前略がリンクされてたのね。
スミレは奈美の前略知ってたから勿論私のことも知ってた。
でまぁ、スミレが私の前略に書き込んでくれたんだ。
でも奈美はスミレが大嫌いだし、板挟み的な感じになってたけど
奈美は何も言わなかったから気にしなかった。
基本奈美とユキと私で遊んでたけど、私はぶっちゃけユキのほうが性格があった。
成り行きで2人で会ったりしたけど奈美の友達だから距離を置いてた
そんなこんなで、私は学校ではスミレと仲良くしてた。
変な罪悪感はあったけど私はスミレが好きだったし仲良くしたかった。
スミレと仲良くなってからジェシカとかいうロシア人とも仲良くなった。
ジェシカは同級生だけど1歳上でやたら先輩風吹かすクソ女だった。
他の友達がジェシカに話しかけたら
「お前誰に向かって口聞いてんの?先輩だよあたし」
とか平気で言えるクソ女だった。でも私とスミレは普通に仲良くしてた。
あるとき、ジェシカと2人で遊ぶことになった。
先輩風吹かすだけあって全部奢ってくれて良い金づるになった。
面倒だけど金づるみたいな感じ。
2人じゃ暇だからってことで奈美とユキも合流して4人で遊ぶことになったんだ。
そしたら何故かスミレの話題になった。
ジェシカが「スミレむかつくんだよね」って話し始めた。
奈美はスミレ嫌いだから話に乗るし、
多分ユキもスミレ嫌いだったから話に乗ってたと思う。
それから何故かスミレをシメるってことになってしまった。
私はスミレが嫌いじゃない。
でもここで帰宅したら何か言われると思って
スミレには本当に申し訳ないけど、奈美たちについて行った。
スミレは別の友達のところにいて、
その友達っていうのが奈美の知り合いだったからスミレはすぐに捕まった。
公園でスミレを囲んで「てめー調子のんな」とか3人は言ってた
私は何も言わずにただ携帯を見てた。
スミレは泣きそうな顔で「ごめんなさい」って謝ってた。
私はスミレが帰ったあと、1人でコンビニに言ってスミレに電話した。
謝ったら許してくれたけど、罪悪感しかなかった
学校ではスミレは他の人と仲良くなりだした。
私は相変わらずジェシカと2人行動。
他にも友達はたくさんいたけど、ジェシカと一緒だった。
スミレジ件から暫くしてから、何と、私が今度はシメられてしまった。
スミレのときと同じように、囲まれて文句を言われる。
確かに私は調子に乗ってたかもしれないけど、
手のひら返したようにシメられて驚きしかなかった。
言い訳なんだと思うけど、奈美曰く「ジェシカに逆らえなくて」らしい。
私は失望したね。まあ多分嘘だと思うけど。
それから奈美もユキも仲良くなくなった。
奈美は電話してきたけどシカトした。
今思えば、ジェシカと私の好きな人が被ってたからシメられたのかもしれないです。
学校行くとなんか変な噂広まってるし、
男子はお前シメられたの?とか聞いてくるしで、
めちゃくちゃイライラし始めた私は取り敢えずジェシカをシメることにした
ジェシカを呼び出したら逃げられたかなんかしたので、
授業中に入っていってジェシカを連れ出して同じように文句を言いまくってやった。
私は授業中にそれをしたから3日間の謹慎になった。
謹慎終わって学校に行くと、ジェシカがぼっちになってた。
私は勝ったと思ったね!
スミレが「大丈夫?」とかなんとか聞いてきてくれて改めて謝ったら
「あたしはどこいっても嫌われてるからよくシメられるし気にしないで」
と言われて本当に申し訳ない気持ちになった。今でも後悔しかない。
それから私はマキと仲良くなった。
毎日楽しかったし平和だったのに
バ力なことにスミレと学校で喫煙して
2週間の謹慎を喰らって単位がやばいことになった。
夏休み前に謹慎終わったんだけど、夏休みはマキと毎日歌舞伎町に行った。
イケメンにナンパされてご飯奢ってもらって
サヨウナラっていうのを毎日繰り返してた。
今思えばクソみたいな女だと思うけど当時はそれが楽しかった。
歌舞伎町だから本当に色々な人に出会えた。
ナンパだけじゃなくて、おばさんとか外国人とかホストとか
他にも普段話せないような人と沢山話せたから本当に刺激的な夏休みだった。
夏休みも終わって平和に学校生活を送ってたけど、私は単位が本当にやばかった。
底辺だったから他にも沢山やばい人はいた。
やばくなったら通信に転校する人は沢山いた。
自分もその道を辿るんだろうなって思ってたけど私は退学したくなかったから頑張った
平和だったのにトラブルが起こった。
そのトラブルはくだらなすぎて忘れたけど、私とマキはイライラしてた。
マキは下駄箱を破壊して、私は割れないだろうと思って蹴った窓ガラスが割れた。
2人で謹慎を喰らって、私はこんな下らないことで進級不可になり
通信にいかざるを得なくなった。
通信に行ってもマキとは関係が続いてて
頻繁に会ってたけど他の友達は離れていった。通信では友達は作れなかった。
私にも彼氏なるものができた。でも特に好きでもなかった。
だけど、そいつはマキに手を出した。私は人間不信になった。
特に好きでもなかったのに、嫉妬してたし悲しかった。
マキには謝られた。そいつは謝らなかった。
私はそいつと別れたけどマキのことは許したつもりだった。
それから夏になって久しぶりに歌舞伎町に行った。
マキに会うとやっぱムカついてきたけど電車ないし帰れなかった。
マキも「つまんないから帰りたい」とか口に出して言ってたから
胸糞悪くて多分無言になってたと思う。
そしたらマキがホストと絡み出して、ホストとホテル街に消えて行った。
私は勿論深夜の歌舞伎町に置き去り。マキとは縁を切った。
それから私は完全なるぼっちに戻った。
ネットで知り合った女の子とメールしたり電話したりはしてた。
人との繋がりは、ネットで知り合った人か学校の先生か、親だけになった。
毎日タヒにたかった。
昔は楽しかったのにとか、もっとちゃんと高校行けばよかったとか
毎日毎日後悔しかなかった。
そんな毎日を過ごしてて私は進路を決めなければならない年になっていた。
兎に角友達がほしかった。
専門か大学か12月まで迷いまくったあげく、私はFラン大学を受験した。
その大学には心理学科があって、
私は心理をやりたかったから心理学科を受けたが不合格だった。
心理学科は倍率が高いしはいれない可能性が高かったので
訳のわからん学科を受験した。合格だった。
4月から気持ちを入れ替えて頑張ろうと決心した。
ガイダンスに行くと私は場違いかと思うような場所だった。
当時私はギャル系だった。そんな見た目の人は誰1人としていなかった。
でも友達を作りたかったから、隣の女の子に話しかけた。
気さくに話してくれてホッとした。
そのあと1年浪人してFラン入ったギャルに話しかけられて意気投合した
ギャルとは入学式も一緒に行った。
入学式の後にデパートに行くと、ガイダンスで隣にいた女の子にあったので
「◯◯ちゃーん」と言って手を振ったらシカトされた。
聞こえなかったかなと思ったから、もう一度名前を呼んでもシカト。
ギャルも「あいつシカトしてね?」なんて言うので
私もシカトされたんだと納得した。
多分見た目が全然違うから友達と思われたくないのだろうと思った。
入学式の次の日は宿泊学習だった。
それもギャルと行った。ギャルとは同じ部屋だった。
ギャルは元彼の話か自分の武勇伝しか話さなかった。
武勇伝も嘘くさくて虚言癖あるのかな?と疑ってた。
元彼はあっち系の人でーとかそんな話を延々聞かされた。
ホテルの部屋は、前田敦子に似た女とギャルと私の3人だった。
私は仲良くやってかなきゃと思ってたし、話題を振ったりしてたけど
ギャルと前田は男の話ばかりしていて
恋愛経験ない私にはついていけなくて疎外感を感じた。
前田敦子は国民的アイドルなので
前田敦子に似てるってことは大学の男も群がる。
前田敦子はもう大学で男友達を作っていた。
前田敦子とギャルは男の部屋に行くと言って置き去りにされてしまった。
これからどうしようとか不安がってたけど、
翌日、他の班の女の子と仲良くなった。
その子も1年浪人してFラン入った人で1つ上だった。
仮に千葉さんとします。面倒見がよくて優しくしてくれた。
その子の部屋は私の部屋の隣で、その日もギャルと前田は男の部屋に行ったから
私は千葉さんの部屋に遊びに行こうと思い、メアド交換してたのでメールをしてみた。
「今なにしてる?」
「部屋にいるよ」
「遊びに行っていいかな?」
20分後くらいに「いいよ」って返事が来たと思う。
20分後の返信に何故か胸騒ぎがしたのを覚えてる。
千葉さんの部屋に行くとギャルと前田がいた。
被害妄想かもしれないけど、ギャルと前田に
「なんでくるんだよ」みたいな目で見られた気がした。
私が来てからなのか、無言だし居た堪れなかった。
一生懸命話題を振ったけど、千葉さんだけが答えてくれるだけ。悲しかった。
宿泊学習終わってから、家に帰る途中の電車で泣きながら帰った。
自分の悪かったところを考えてみたけど、わからなかった。
またぼっちだと思うと本当にタヒにたかった。
授業始まったら、誰かに話しかけようと思ったけど
もうグループ出来上がってて話しかけることができなくて
またぼっちになってしまった。
暫くは通ったけど耐えられなくて、親には本当に申し訳ないけど退学した。
それから私は工場で働き始めた。工場には中国人留学生が沢山いた。
今まで中国人嫌いだったけど、
みんなすごく優しくて親切にしてくれて私は本当に吃驚した。
でも私は変な豚みたいなババアに目をつけられた。
私が通りすがる度に舌打ちしたり、暴言吐かれたりしてた。
仕事が早い人の名前を掲示板に貼る会社だったんだけど、
私はいつも名前が載ってたから仕事が出来ない訳じゃないと思う。
でもいつも舌打ちされて暴言吐かれた。
中国人以外にも、日本人のおばちゃんもおじさんも優しくて良い人ばっかだった。
暴言吐かれたりするのは、もう気にしないようにしてたんだけど
でもやっぱ言われると嫌な気持ちになるから、
その豚を見つけたら近寄らないようにしたりしてた。
でも豚と同じ部署になって耐えられなくなったから
私はリーダーにそのことを言ったら、豚とは部署を変えてもらった。
もう同じ部署にはしないことも約束してくれたんだけど
暫くしてから豚と同じ部署になった。
私は前々から他のおばちゃんに豚のことを相談してたから
おばちゃんが気にかけてくれて、一緒にリーダーに言いに言ってくれた。
そうしたら「仕事なんだから仕方ないだろ」って怒られてしまい
確かに仕事だから仕方ないのはわかってた。
おばちゃんも何か言い返してくれたけどダメだった。
情けないことに職場で泣いてしまい更にリーダーに怒られて
「だったら中国人と仕事してろ」と言われた。
それで中国人(ルオさん)と仕事してたんだけど
すごく優しくてまた泣きそうになった。
ルオさんはなかなかのイケメンでちょっと気になってたから尚更だった。
仲良くしてくれてたおばちゃんが体調不良で長期休暇を取った。
他のおばちゃんは部署違うし周りは余所余所しくなって
いづらくなってしまった。でもやめたくなかった。
給料もよかったし、ルオさんもいるし優しい人もいるから辞めたくなかった。
2番目に偉い人(リーダーより格上)の人と私は仲良くしてたから
その人が豚に注意するって言ってくれて
すごく心配してくれたから私は居辛くても頑張ろうと思った。
それにルオさんとは良い感じだった。
前は事務的なことしか話さなかったのに、
学校のことや中国のことを話してくれたり、LINEやったりして
仲良くなれてたから尚更頑張るつもりだった。
でも一緒の部署のおばさんがすごく私を避けるようになった。
多分豚と仲良いおばさんだったから豚に何か言われたんだと思う。
ただでさえ居辛いのに私の悪い癖でもう辞めようと考えた
トップの人に辞めたいことを伝えたら、
「いつ辞めるのかと思ってた」と言われて、私はまた人間不信になってしまった。
ルオさんは「何で辞めたの?」とか色々LINEしてくれたけど
数日後にルオさんがLINE退会しててもう話せなくなった。
それから私は海外の人とメールしたりするのにはまりだし。
英語の勉強にもなるし、色々な人と話したいと思って兎に角色々な国の人と交流した。
ペンパルサイトで募集をすると色々来るんだけど台湾人が多かった。
日本語もわかるし英語もわかるし中国語もわかるので話しやすかった。
あと私は台湾に行ったことがあって好きな場所でもあったので、
よく台湾人とLINEしたりSkypeしたりしていた。
中でも健民という台湾人と仲良くなった。
彼は日本語は殆ど出来ないけど、話していて楽しかった。
毎日バ力みたいにLINEで会話してた。
健民は「あなたのことが好きです」とか言い出して
私はバ力じゃねーの?とか思いつつ、ありがとうと受け流していた
毎日毎日しつこく好きだとか付き合いたいとか言われてた。
ネットでしかも国の違う人と付き合うとか有り得ないと思うしダルイなぁと思ってた。
でも暇だったので、付き合ってみることにした。
毎日LINEしてるうちに、バ力な話だけど好きになってしまった。
正直、顔も体型もタイプだった。
健民は大学院に通いながら仕事してて忙しい人だった。
まあ私はからかわれてんだろうと思っていたし
別になんでもいいやって感じだった。
でも3ヶ月くらいやりとりをしてて休みが取れたから私に会いに来てくれた。
それがつい先月の話。
私は前にいとこと撮ったプリクラとか、
加工しまくった自撮を見せていたけど
まるで違うので会うのが怖かったし、
それで嫌われるなら仕方ないと思っていた。
会ったときはかっこよすぎて恥ずかしくて殆ど話せなかった。
私の英語は中学生レベルだし尚更だった。
一緒に歩くのが恥ずかしいレベル。
でもすごく優しくて、台湾からプレゼントを持って来てくれたり、
指輪を買ってくれたり、色々なところに行って本当に楽しかった。
帰国してからは次にいつ会うかとか、
どうしたら長く一緒にいられるかとか沢山話し合った。
プリクラも取ったので、LINEのアイコンを2人ともプリクラに変えたりした。
兎に角すぐにでも会いたかったけど、
私はニートだし健民は忙しいから私が行くしかなかった。
でも貯金を下ろしたくなかったし1人で行くのはちょっと怖かったんだよ。
それで私は台湾に留学したらいいんじゃん!と思って本気で留学しようと思った。
留学なら1人だけど旅行とは違うし長く台湾にいられるし
英語と中国語を同時で勉強できるから一石二鳥だった。
健民もそうしてほしいって言って学校のこととか生活費とか色々調べてくれた。
私は仕事を探したりもしたし、早く台湾に行きたかった。
私は健民のFacebookのパスワードを教えてもらってて、
「勝手に更新していいし、やましいことないからメッセージとか見ていいよ」
って言われてたんだ。あんまり見たことなかったんだけど。
それで、先週ふと気になってFacebook見たら浮キしてた。
浮キっていっても浮キ相手には彼氏もいてヨーロッパ在住。
相手から「もうこの関係はやめにしよう」ってメッセージで終わってたけど
メッセージ遡ると「彼女と近々別れるからチャンスをくれ」
的なメッセージを健民が送ってたから冷静になれなくて問い詰めてしまった。
問い詰めるとあっさり認めた。
謝られたし、私だけだよって言われて許したんだ。
別に浮キなんかどうでもいいけど
「もうすぐ別れる」って言うのが気に食わなかったから。
でも私もイライラしててその日は冷たく接してしまった。
翌日になると健民の態度が急変してた。
私も冷静になれなくて、さようならなんてLINE送っちゃったんだ。
そうしたら健民から
「まだ好きだけど遠距離疲れたしいつ会えるかわからないからもう無理だ」
って言われて昨日まで謝ってきた人がなんでこうなんだろう?って
こっちとしては疑問しかないわけ。
でも冷静に考えたらやっぱ私は好きだし遠距離でも頑張りたかったし
会いに行く約束もしてたから終わりたくなかった。
じゃあいつ会いに来るのか?とか聞かれたけど
今でしょ!とも言えないから早ければ来月って答えた。
関係が終わるくらいならもう貯金崩してでも会いに行きたいと思ったんだ。
「でもそれじゃあ少しの間しか一緒にいられない」とか言い出して本当に困った。
それに相手は忙しいのに私が今行っても会う暇はないだろうになぁとも思った。
もう私としてもどうしたらいいかわかんないし
取り敢えず健民は私をフリたいんだと思ったけど
私は諦めたくなかった。まだ冷静になれなかった。
兎に角しつこくLINE送りまくった。
「ヨーロッパの女と付き合ってんの?」
「なんで日本にきたの?くる意味なかったよね」
「台湾に来てほしいとか嘘じゃん」
「まじ最低。結局私のことからかってたんじゃん」
とかこんな感じのを冷静になれなかったから、色々送りまくった。
英語で送るから物凄い長い文章を何件も送った。
健民は「ほっといてくれ。困らせるな」の一点張りで
私は更にしつこくメンヘラの如くLINEしまくった。
もうなんか取り敢えず私は現実を受け止められなくて、
つい最近まであんなに仲良くしてたのにって思うと悲しくて泣きまくったし
Facebookのことを問い詰めなきゃよかったって後悔して
もう何がなんだかわかんなくて、自分でもどうにもできない状態だった。
必タヒで復縁できる方法とか調べて放置がいいってあったから
兎に角2日は放置しようって決めて頑張って3日放置した。
それで考え改めて、昨日の朝LINE送ったけど既読になってるのにシカトされて
夜また送ったら既読にもなってなくてブロックされたみたいで
このスレ立てたときもう本当に混乱してて
兎に角過去から今の状態を受け止めようと思ってスレ立てた
付き合ってくれた人ありがとう
これで私の話は終わりです
書いてる途中悔しくて涙目になりながら書いたわww
改めて思ったことは、多分会ったときから「こいつねーな」って思ってたけど
可哀想だからお情けで連絡を続けてたのかもしれない
それを私は気づかなかったのかも
ここに書いて気づくことが沢山あったわ
当時は調子乗ってて周りの人間バ力にしたりしてた。自分が1番みたいな。
あとは名のしれた友人と仲がいいとかで自分は違うっても思ってたよ。
担任にもそういうの注意されたことあったわ。
そういう風に言えたらよかったと思った。